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遅読のすすめ ( 狐(山村修) )

 山村修著「遅読のすすめ」を読んだ。
 味わいの海に漂う幸福感。あぁ遅読したい。

 お気に入り度:★★★★★

「呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする」

 著者は三度目の『吾輩は猫である』で、この一行を見つけた。
 そして、そこに広がる味わいに触れて、こう述懐する。

「さみしいような、切実なような、それでいて、かえって幸福をも感じさせる深い気持ち。そんな気持ちを、何分か味わいつづけた」

 これまで、この一文に気づかなかったのは、速く読んでいたからだという。
 ところが、前に続いている二十六ページ余りをゆっくり読むうち、読書の幸福感がにじみ、上の一文が目に留まる。

 二十六ページ余りの話はこうだ。
 猫の主人・苦沙弥先生のもとに、友人の迷亭、寒月君、独仙君、東風君などが集まり、わいわいがやがやと無駄話に興じた。
 そのうち日が落ちて、みんなが帰り、苦沙弥先生は書斎にこもり、妻君は縫い物をはじめ、子供たちは寝、下女は銭湯へ行く。
 家はひっそり静まりかえる。
 小説も静まりかえる。
 そこに上の一文がくる。

 祭りの賑わい、その後の静けさ。
 それを体感して、ただの一文が心を潤す慈雨となった。
 その邂逅の喜びと、文章の味わいがもたらす恍惚は、麻薬的に違いない。
 著者は、本書を次のように書き始めている。

「本はゆっくり読む。ゆっくり読んでいると、一年にほんの一度や二度でも、ふと陶然とした思いがふくらんでくることがある。一年三百六十五日のうち、そんなよろこびが訪れるのは、ただの何分か、あるいは何秒のことに過ぎないかも知れない。それでも、速く読みとばしていたなら、そのたった何分、何秒かのよろこびさえ訪れない」

 こんなエピソードから始まる本書は、遅読の味わいを紹介する本だ。
 多くの精読家たちの読書エッセイなどを紹介して、彼らの本の味わい方を語り、自身の読書で印象に残った本を引用し、その滋味を伝える。
 引用する作品は多彩で、高野文子作『黄色い本』、川上弘美著『センセイの鞄』、内田百閒著『阿房列車』など、マンガから文芸書、エッセイまで、親しみやすい作品が多く、精読の入門書のよう。

黄色い本
黄色い本
 高野 文子
 講談社 2002-02-20
センセイの鞄
センセイの鞄
 川上 弘美
 文藝春秋 2004-09-03
第一阿房列車
第一阿房列車
 内田 百けん
 新潮社 2003-04
書評を読む
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 語られる著者や精読家たちの陶然ぶりも、とても魅力的だ。
 本の味わいに取り憑かれた人たちの姿に触れるにつれ、「あぁ遅読したい」という欲求が溢れだし、遅読がもたらす味わいの海に漂うような幸福感が満ちてくる。
 そして、これまでの粗読していた本にも、『我が輩は猫である』のような邂逅があるかもしれないと思うと、もう一度じっくり読み返したくなってくる。

 この遅読の魅力を綴っているのは、第一部【遅読のすすめ】
 第二部【本が好きになる本の話】は、文庫版オリジナルとして、著者の書評を収録。
 かつて日刊ゲンダイに『狐』のペンネームで連載した著者の書評は、『水曜日は狐の書評』、『もっと、狐の書評』など書評の本としてまとめられた。
 だからという訳ではないが、収録の書評もウマい。

水曜日は狐の書評―日刊ゲンダイ匿名コラム
水曜日は狐の書評
 狐
 筑摩書房 2004-01-11
書評を読む
もっと、狐の書評
もっと、狐の書評
 山村 修
 筑摩書房 2008-07-09
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 自分の主張よりも本の主張。
 本とその著者の魅力が満ちている。
 そんな書評ばかりなのだ。
 だから著者の書評を読むと、読みたい本が確実に増えていく。

『水曜日は狐の書評』に収録された川原泉作のSFマンガ『ブレーメン2 第1巻』の書評で、著者はこんなことを言っている。

「読む本は選ばねばならない。人生はあまりにも短いのである」

 それなのに著者の書評のせいで、読みたい本が増えすぎてしまうのはどういうことだろう。

ブレーメン2 第1巻
ブレーメン2 第1巻
川原 泉
白泉社 2009-05-15

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星新一と藤沢周平中毒者。
ミステリー・サスペンス、ホラー、歴史人物、ユーモアなど幅広く読んでいます。

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