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半生の記 ( 藤沢周平 )

 藤沢周平著『半生の記』を読んだ。
 人々の哀歓を繊細に描いた藤沢作品の源が感じられる。胸に穴があいてしまったエッセイ。

 お気に入り度:★★★★

 ぽっかりと胸に穴があいて苦しい印象が強く残った。
 本書は『半生の記』、『わが思い出の山形』、『年譜』の三つで構成されている。

『半生の記』の【死と再生】は、藤沢周平人生最大の苦しみともいうべき内容で、藤沢周平を小説に向かわせた要因の一つである、先妻悦子さんの死について綴られている。
 ここには、ガンを宣告された妻のために奔走する藤沢周平の姿があった。結核から身も心もようやく立ち直り、子も生まれ、ささやかな幸せを掴んだ矢先の出来事である。
 ガンを宣告されて顔から血がひいて行った感触があったこと、ワラをもつかむ思いで、末期ガン特効薬と言われていた『SIC』の発見者である医師を訪ねたこと、高価な『SIC』を買うことで心細い思いをしたこと、それでも妻を救えず無念に思ったこと、自分の人生も一緒に終わったように感じたこと、人の世の不公平に対する憤りを感じたこと。
 藤沢周平の苦しみと哀しみが流れ込んでくる。

「私と結婚しなかったら悦子は死ななかっただろうかと、私は思う」

 という言葉が強く印象に残った。
 藤沢周平は、妻を救えなかった無念と、世の中の不公平への憤怒を吐き出すために小説を書きはじめ、そのことで少しずつ立ち直り始めたという。
 その一方で、次のようなことを述べている。

「小説は怨念がないと書けないなどといわれているけれども、怨念に凝り固まったままでは、出てくるものは小説の体をなしにくいのではないだろうか。再婚して家庭が落ちつき、暮らしにややゆとりが出来たころに、私は一篇のこれまでとは仕上がりが違う小説を書くことが出来た」

 自分の気持ちを客観的に見つめることが、作品の飛躍につながり、作品の源になったことが窺える。
【死と再生】は、『半生の記』の最後に収録されているが、次の『わが思い出の山形』を、なかなか読み始める気分にはならなかった。

 藤沢周平の最後までを記録した『年譜』にも、苦しい思いをさせられた。
 藤沢作品を読んでいると、著者が亡くなっていることをつい忘れてしまう。事実として認識しているけれども、感覚として受け止めていない気がしていた。自分が藤沢作品を読み始めたときには、すでに著者が亡くなっていたということもあるかもしれない。
 それが、しだいに体が弱り、入院し、息を引き取るまでを時系列で見ていくと、「あぁ、藤沢周平は死んでしまったんだ」という思いが湧いてきて、胸にポッカリと穴が空いた感覚が訪れた。

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星新一と藤沢周平中毒者。
ミステリー・サスペンス、ホラー、歴史人物、ユーモアなど幅広く読んでいます。

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