藤沢周平著「春秋山伏記」を読んだ。
村の生々しい暮らしを荘内弁で描き出す、羽黒山伏と村人のユーモラスな物語。
お気に入り度:
★★★★★鶴ヶ岡(現在の山形県鶴岡市)にほど近い山間の村を舞台に、主人公で『村の駐在』的役割を務める羽黒山伏・大鷲坊と、村人の交流や習俗を描いた作品。
荘内弁で描き出す村人の、良くも悪くも生々しい暮らしが特徴的で、山伏と村人のユーモラスな交流と、先を読まずにはいられない物語は魅力的。
会話が荘内弁で書かれた異色の作品であるが、生き生きとした人々の濃厚な交流が暖かい良書だと感じた。
荘内弁の会話が今一つしっくりこないという人には、藤沢周平原作の映画「
たそがれ清兵衛」を観ることをお奨めします。
完璧に荘内弁を取り入れたものではないようですが、会話のリズムやアクセントを聞くと、本書の会話のイメージが湧きやすくなります。
験試し
羽黒山から来たという山伏・大鷲坊は、別当を勤めていた山伏・月心坊を神社から追い出した。
たしかに羽黒山の発行した書付けを持つ大鷲坊が正式な別当だったが、村人は別当として七、八年も働いた月心坊を仲間と思っていた。
村人は、大鷲坊を追い出すべく、歩けなくなった娘を法力で治せるなら認めると、難題を持ちかけた。
祈祷の力を信じ、排他的である村の物語に違和感なく入っていける。
それは、大鷲坊の、村人の信仰心を損なわず、歩けない娘を診る現実的で聡明な行動が読者を納得させるからだろう。
狐の足あと
村人の信頼を得た大鷲坊は、肝煎に呼び出され、仲立ちを依頼された。
添役の息子・宗助は、かつて城下で間男を半殺しにした広太の妻に手を出してしまったのだ。
宗助は、それを理由に強請ってきた貧しい権蔵を投げ飛ばしたものの、権蔵の妻が広太に言いつけると怒鳴り込んできたという。
『馬ペロ』というあだ名をつけながらも、怪力を想像させる広太の巨躯に畏怖する村人の姿が、なんともユーモラス。
権蔵の妻と話をつける大鷲坊の手腕が見所で、間男のことを知った広太を納得させる大鷲坊に脱帽。
火の家
十九年前に火事で焼死した、政右ェ門夫婦の持っていた水車小屋に男が住み着いた。
その男とは、村に禍を起こしたと噂された政右ェ門夫婦の、生き残った息子・源吉だった。
彼を恐れる村人は大鷲坊に、村から出ていく説得を依頼する。
大鷲坊が探偵役となって、源吉の両親にあった噂や、源吉の村に現れた真意を探る、サスペンス調の作品。
狭い世界に生きる人々の頑迷な思い込みと、理不尽な仕打ちを受ける者の姿はやり切れない悲しさに満ちている。
安蔵の嫁
すっかり村に溶け込んだ大鷲坊は、太久郎のばばから、なぜか女子から嫌われているという息子・安蔵の嫁探しを頼まれた。
山のような柴を背負う安蔵は怪力であったが、実際会って話してみると、色白で声が高く、もじもじと身体をくねらせる、男の魅力に欠ける男だった。
一方、太久郎のばばから聞いた友助の家を訪ねてみると、娘のおてつには確かに狐が憑いていた。
狐が憑いたおてつのリアルな描写もさることながら、憑いた狐を落とす山伏の本職に圧倒される。
その一方で、村人からすっかり頼りにされ、安蔵の男らしさのアピールに心を砕く大鷲坊はまさに『村の駐在』
人攫い
祭りをやっている神社へ一人で行った、おとしの娘・たみえがいなくなった。
たみえを攫ったのは、山に住み毎年箕つくりにやって来る夫婦である。
捜索の指揮を買って出た大鷲坊は、四方の山伏に連絡を取ると、この村から十里離れた村を通り過ぎたという情報が入った。
はっきりとした場所の知れない山窩の村に向けて、険しい山道を進む、スリル溢れる物語。
おとしをつれて進む厳しい探索のもたらす結末が、とても気持ちよい。
ところで子供を探しに行った場所をGoogle Mapsで調べてみると、一つの目標としていた『
オツボ峰』や『大鳥池』が、現在でもかなり山深く、鶴岡からも遠いことが分かる。
他にも作中に出てくる山や沢が見つかるので、Google Mapsを見ながら読むと面白いかも知れない。
※
山窩(さんか):山間部を移動しながら漂泊生活をおくっていた人々。山菜などの採集や狩猟・川漁、あるいは箕・籠などの竹細工を生業としていた。(三省堂大辞林)