藤沢周平著「漆の実のみのる国」を読んだ。
財政難との長い苦闘、改革を阻む大国意識。米沢藩の上杉鷹山の治世を描いた歴史小説。
漆の実のみのる国〈上〉![]() | 漆の実のみのる国〈下〉![]() |
| 藤沢 周平 文春文庫 2000-02 | |
| by G-Tools , 2010/11/26 | |
本書は、財政に窮乏し、士風は乱れ、亡国の危機にある米沢藩を再興するべく、上杉治憲(鷹山)と重臣たちの苦闘を描いた歴史小説。
史実の部分は、精緻で堅苦しく感じるものの、対照的に、財政難との苦闘を描いた物語部分は、いつもの藤沢調で柔らかく、この二つが明確に分かれた構成は非常に読みやすい。
この精緻な史実と苦闘の物語は、この頃の米沢藩が置かれている非常に厳しい状況を目の当たりにさせるものだが、暗さは感じられず、満足感と充実感の大きい作品だった。
物語は、日向高鍋藩から、米沢第八代藩主・重定の養子にきた直丸(上杉治憲)十二歳の頃から始まる。
この頃の米沢藩は、過去の減封や藩主の奢侈によって、財政はすでに窮迫し、家中や領民への過酷な税の取り立ては、士風の乱れを招き、農村も荒廃していた。
現在も続く財政難の原因を、藩主・重定の奢侈と、寵臣・森利真の驕奢にあると見た、竹俣当綱ら四重臣は、森の誅殺、および藩主隠退に成功。藩世子素読師範を勤める藁科松柏が、その明敏さと仁慈を見出していた直丸は、十七歳で家督を継いで、治憲と名乗った。
新藩主となった治憲は、早々に大倹令と呼ばれる、普段着や食事の量までも規定する経費削減策を打ち出す。しかし家中の謙信公を祖とする大国の格式、体面が顔を出し、保守派の抵抗は厳しく、隠退した前藩主・重定の協力によって、ようやく大倹令は執行された。
この上杉家中に根を張る『大国意識』という痼疾は、改革を阻む要因として、これからも大きく横たわることになる。
これ以降、保守派の重臣による家老竹俣当綱や近習・莅戸(のぞき)善政ら改革派排除を訴えた七家騒動、竹俣当綱を中心とした三木(漆、桑木、楮)各百万本植立てによる収入倍増計画と失敗、志賀祐親の財政再建失敗、天明の飢饉など、懸命の財政再建計画が、ことごとく失敗に終わっていく様子が描かれいる。
治憲が、いつまで我らを苦しめるのですか、と天を仰ぐ場面が印象に残るほど、いつ明けるともしれない闇は深く、報われない改革は、読んでいてとても辛い。
このような財政難との苦闘ばかりで、辛いの物語でも、満足感や充実感が得られたのは、闇の中にも微かな光を感じたからだろう。
まず享楽好みで暗愚とされた前藩主・重定の存在。享楽に変わりないものの、隠居してからは養子である治憲を実の子のように扱う暖かさと、幾度も治憲の危機を救う力強さが描かれ、保守派重臣の抵抗の中にあって非常に頼もしい。
また商人との資本、借財交渉や収入倍増計画など前期改革を力強く推進した竹俣当綱の存在も大きい。改革への逆風が吹く中、強引に突き進んでいく人物は頼りになる。改革は実らなかったものの、彼がいたからこそ当面の危機を乗り越え、改革の芽が育ったのだろう。
そして力を入れた学問所から輩出された人材の数々本書を読むと治憲一人の英邁さだけでは、米沢藩の再興はできなかったことがよく分かる。彼を補佐する優秀な人材がいたからこそ藩は立ち直る兆しを見せた。藩の困窮を救うはずだった漆の実とは、優秀な人材だったのではないだろうか。
それにしても、長い辛苦の中に見える未来への光が感じられたにもかかわらず、彼らの苦闘が報われ、藩の窮乏から脱する様子が描かれていないことは残念だった。
物語の終わりは、三十七章、隠居から再び執政入りした莅戸善政が、藩政改革から殖産振興に至るまでを示した、十六ヶ年組立と呼ばれる改革案(寛三の改革)を治憲に提出するまでを描き、鷹山と改名した治憲が、漆の実が藩の窮乏を救うという心躍った過去を思い返すところで幕が閉じられている。
解説によると、この三十七章が原稿用紙六枚分で終わっているのは、これが著者藤沢周平最後の原稿だからだそうだ。本来なら、あと四十から六十枚の予定だったというから、著者は光を浴びた米沢藩を描きたかったに違いない。
上杉鷹山の藩再興について前知識のなかった私は、本書を読みながら、漆の実がみのる豊かな国を思い描いた。結局それは叶わなかったが、読み終えると、何か力をもらったような気がした。