藤沢周平著「闇の傀儡師」を読んだ。
純粋に小説を楽しむ喜びの息づく、藤沢流伝奇時代小説。
中学、高校になると文章の読解力が試される。『このとき主人公はどう思ったか』、『作者は何を言いたかったのか』。この設問に対して『これには正解があるのか』、『点を付ける基準はあるのか』という疑問を感じながらも、もっともらしく回答していた記憶がある。この画一的回答の要求を匂わせる設問に遭ってから、文章に対して純粋に向き合えない息苦しさを感じるときがあるように思う。
本書「闇の傀儡師」は、そんな息苦しさを感じる以前の、純粋に物語を楽しんでいた頃の喜びが息づいている作品である。
著者は、あとがきで、勉強そっちのけで濫読していた小学生時代を振り返り、その頃読んだ無頼のおもしろさを持つ作品が心に残っていて、それがこの「闇の傀儡師」につながっていると述懐する。読み始めてみると、なるほど藤沢少年が夢中で読み耽っていたであろうように、本書には我を忘れて読み込んでしまうおもしろさが詰まっている。
本書は、政争に巻き込まれた浪人を主人公とする、藤沢作品の武家ものの定番とも言うべき設定だが、その構成は伝奇的スタイルを取っている。
物語は、田沼意次と松平定信の確執、そして見え隠れする徳川治済の影を基軸に進められる。そこに将軍家後継のとき現れるという、駿河大納言忠長ゆかりの謎の徒党・八嶽党の暗躍が絡み、自らを廃嫡して筆耕で口に糊する元御家人で無限流の達人・鶴見源次郎が、死に際の公儀隠密より密書を託されてから、その政争に巻き込まれていくである。
八嶽党出現の意図、田沼意次や一橋治済の画策、鶴見源次郎の抱える心の闇、蠢動する八嶽党との闘い、柳生流に似た剣を使う謎の剣士、など息もつかせない展開と思わぬ流れ、なかなか明らかにならない謎で、読む者は物語の世界に引き込まれていく。
私の数少ない読書遍歴から伝奇小説を挙げると、大佛次郎著「ごろつき船」と角田喜久雄著「半九郎闇日記」がある。どちらもスピーディーで目まぐるしく変わる展開や、深まる謎が魅力の作品で、跳躍しながら進む物語という印象があった。
この「闇の傀儡師」の場合は、藤沢流に地に足をつけてしっとり落ち着きながらも、次々と動く展開に目が離せず、そして藤沢作品の魅力を損なわずに伝奇小説として仕上げられ、そのおもしろさを十二分に堪能できる作品である。
惜しむらくは、本書が原作のテレビドラマ「風光る剣―八嶽党秘聞」を先に見てしまったことだろう。