藤沢周平著「暗殺の年輪」を読んだ。
デビュー作と直木賞受賞作を含む、完成度の高い初期の作品たち。これらは暗いが快く心を撫でる。
本書はデビューしてから二年の間に書かれた作品を収録している。
藤沢周平の作品が、初期から完成度が高かったことに驚かされた。
収録している作品は、どれも暗い色調の物ばかりだが、嫌な感じは受けない。
むしろ、快く感じられるのは、登場人物たちが、心の声に従って行動する自分に素直な姿が、羨ましく感じられるからだろう。自分の素直な心に従って行動すれば、たとえ結果が悪かろうと、それをしなかったことを後悔するより、心は幸せなのだ。
おしのは、幼馴染みの宗次郎に出会った。姑にいびり出された形で、出戻ってきたある日のことである。
そのことを母に話していると、植木職人として家に来ていた地兵衛が口を挟んできた。
その眼は、かつての岡っ引きをしていたときの鋭い眼だった。
人殺しの容疑で宗次郎を追う地兵衛。人殺しをしていないと言う宗次郎。
真犯人の正体を暴くミステリーであり、宗次郎とおしのの危険な恋を描いた作品。
出戻りの自分に、もはや居場所はなく、新天地を宗次郎との逃避行に見いだした、強く悲しいおしのの心が印象に残る。
父は、藩内の政争により、ある重臣の刺殺に失敗し、腹を切った。
その後、ある時期から、馨之介は家中の侍とすれ違うときに憫笑を感じ始めている。
やがて、それらの結びつきを知ったとき、馨之介は一度断った中老・嶺岡兵庫の暗殺を引き受けた。
藤沢周平の、悲哀を描いた下級武士ものの原型となる作品。
暗殺の年輪というタイトルが、読み込んでいくうちに、非常に重みを増してきて、親子二代に渡る無情な役目が、何ともやり切れなく悲しい。
エッセイ【汗だくの格闘】(『周平独言』に収録)によると、はじめのタイトルは【手】だったそうだ。それが、担当編集者から変更を、と言われ、【暗殺の年輪】に決まった。これがもし【手】のままだったら、直木賞を受賞できたかどうか、と思われるほど、現在のタイトルはしっくりくる。
先にこのエッセイを読んでいたので、縁の下で働く編集者の力を強烈に感じた作品でもあった。
酒井藩新規召抱えの試技で、藩士四人の骨を砕いた清家猪十郎。その再試技の相手に刈谷範兵衛という者が選ばれた。
しかし、誰も兵法家としてその名を知らず、息子すらも兵法が達者であることを知らなかった。
ところが、再試技の日まで七日を残して、熊のような猪十郎の姿を見た夜、範兵衛の姿が屋敷から消えた。
猪十郎との試技で放つ範兵衛のただ一撃の剣が物語の骨格で、見所は範兵衛と嫁・三緒の心の交流である。
三緒が、男のものが役に立つか試したいという義父に身を捧げたのは、兵法家として目覚めた義父の勝利を確信したかったからかもしれない。
始めて読む作品なのだが、三緒の「それがお役に立つなら、お試しなさいませ」という言葉を知っている気がした。
北斎は、広重が東海道を書いたという噂を耳にした。広重には平凡な風景画の絵描きとしか印象はない。
しかし、いたる所で、東海道を見たか、と問われだすと、北斎の中にさまざまな感情が生まれ始めた。
藤沢周平のデビュー作。
広重の東海道登場によって、既に風景画師として名声を得ていた北斎に芽生えた、動揺のような感情を描いている。
見る物にあっと息を呑ませる北斎の富嶽三十六景。
特徴もなく平凡、しかし人間の哀歓が息づく風景を、あるがままに切り取った広重の東海道。
自分とは質の異なる風景画を描く男の登場に動揺し、溟い海を描く北斎だが、作家にも同じ事が起こりうるだろうか。
と、名声を得ながらも、賞に恵まれず、後進のSF作家たちが賞を受けていくという、辛さを味わった星新一が思い浮かんだ。
ところで、内容こそ違うものの、東海道五十三次を描く前後の広重を描いた【旅の誘い】(『花のあと』に収録)がある。併せて読むと、面白いだろう。
【旅の誘い】では、北斎という大きな壁を前にして、さまざまに逡巡する広重の心中が、【溟い海】では、広重の新たな風景画に対する北斎の動揺が楽しめる。
下っ引きを務める彫り師の甲吉は、岡っ引きの徳十から見張りを命じられた。
人を殺し、江戸から逃げた綱蔵が、江戸に戻ってきており、その情婦・おふみの家を見張るのである。
甲吉は、半年の間、おふみの家を見張るうち、毎日、おふみが下働きから家に帰ってくるたびに、言い交わした女が自分の元に帰ってくるような気分になっていたのだった。
囮である人を殺した男の情婦に思いを寄せる下っ引きと、その一方で、版木彫り工房での人間模様を描いた作品。
見張る男と見張られる女。これが逆の立場だったら、女は甲吉のように、見張っている男に思いを寄せるようになるのだろうか。