藤沢周平著「冤罪」を読んだ。
嬉しくても悲しくても丸みを帯びた感情の突起が、心地よく心を刺激してくれる短編集。
お気に入り度:★★★★
武家もの九編の短編を収録。
藤沢周平の短編集の書評を書くとき、収録作品に共通するテーマのようなものを見つけ、コメントを付けることが多い。
しかし、あとがきにあるとおり、収録作品にはまとまった傾向がなく、共通点は見つけられなかった。
代わりに感想的な共通点を挙げるなら、「嬉しくても悲しくても丸みを帯びた感情の突起が、心地よく心を刺激してくれる」ということだろう。
そんな刺激の心地よい収録作品の中で、暖かな春の心地をもたらしてくれる【冤罪】が一番気に入っている。
佐分利七内は、荘内藩が新規召し抱えを募っているという噂を聞いて、人足をしていた上州高崎からやってきた。
七内の頼みの綱は、二十数年前に関ヶ原で敵を討った高名の覚え書きだけである。
ところが吟味役は、清洲にいるその高名の証拠人に確認する人手がないと言い、七内に証拠人の書付けを要求するのだった。
体の言い追い払いと知りつつも清洲に向かった七内の、思わぬ所で見つけた新しい人生を描いている。
人は自分の歩いている道が一番良いと思いがちだが、その横を走る道も悪くない場合だってある、という気がした。
神谷武太夫は、一揆煽動の疑いで領内から追放され、江戸の裏店で筆作りの内職をしている。
妻の竜乃は、尊皇だ攘夷だと騒がしい世の中で、夫がいつか仕官の口を見つけてくるものと信じていたが、仕官先を訪ね歩いている形跡もなく、せっせと筆作りに精を出すばかりである。
しかも日暮れになると毎日出かけ、かわら版売りと話し込み、買ってきたかわら版に黙々と目を走らせているのだった。
不満という名のドミノが並んでいることに気づき、最初のドミノを軽く押したとしたら……。
そして自分だけが、ドミノが倒れ始めたことを知っている快感。
ふとしたきっかけで、たちの悪い悪戯の虜となった武太夫を描いた作品。
潮田伝五郎は、伊沢勝弥との果し合いに決着がつくと、自らの腹に小刀を突き刺した。
河原に二個の骸が残り、母へ宛てた伝五郎の置文が残っていた。
二人の果し合いで始まる物語は、伝五郎の置文によって、それまでの経緯が語られていく。
相手が人妻であれ、慕う女のために命を張れる男は魅力的だが、伝五郎の勘違いは虚しく、若い男の清らかな浅はかさがもの悲しい。
伝五郎の母が七重に憎悪の視線を向けたのは、密婦のために息子を亡くした母の憤りだろうか、それとも一人の女を慕う清らかな男の思いを知った女としての怒りだろうか。
交錯する、さまざまな者の思いが印象に残る作品だった。
『雪明かり』にも収録。
妻の房乃は離縁して欲しいと言った。
浅見七郎太の江戸詰の間に過ちがあったというのだ。
相手は言えないという。
相手の男に考えを巡らせたとき、七郎太の頭に道場仲間三人の顔が浮かんだ。
道場仲間を疑う七郎太の動揺と、怒りにまかせた軽率さとは対照的に、女性の強さと寛容さと健気さを照らし出す作品。
二人の気持ちがすれ違うのは、本音が見えないなかで、さまざまな憶測が真実の間に介入してしまうからだろう。
相手の素顔に触れたときにはじめて、いたわりと優しさを含んだ強いつながりが生まれるのかもしれない。
守谷蔵太は五年前に熱病で記憶を無くし、以前からの仕事だった御餌指人をしているが、記憶は今も戻らない。
蔵太は熱病から目覚めた時、自分の名前すら思い出せず、暗闇を手探りするような恐怖のなかで、頬を押しあてて涙を流す妻だという女が、信じられる唯ひとりの女だという気がした。
しかし、その妻が蔵太の知らない行動をとっていることに気づいたとき、拠り所を失った怯えに近い不安が襲ってくるのだった。
蔵太は何者なのか、彼を取り巻く怪しい動きとともに真実が徐々に明らかになっていく作品。
その一方で、妻だという三郷の心に芽生えた喜びが、心地よい余韻を残してくれた。
臍曲がり者として皆から敬遠されている治部新左衛門は、隣の伜・犬飼平四郎が気にくわない。
娘と垣根越しにこそこそ話し合っているところを見つかっても、「やあ」などと平気な顔をしている無礼な男なのだ。狼狽する気配が全くないのが面憎い。
娘も娘で、どこか浮き浮きした声音で話している。
しかし、娘には頭が上がらない。
年頃の娘に縁談らしい縁談がないのは、自分の臍曲がりのせいなのだ。
娘を持つ父ゆえの苦悩をユーモラスに描いた作品。
一人娘を持つ父なら、誰でも少しは臍曲がりになってしまうのではないだろうか。
久坂甚内の悪妻への愚痴がまた始まった。
島田半九郎の妻も悪妻なのだが、打ち明けそびれ、それ以来もっぱら聞き役に廻されたままなのである。
そんな気持ちで甚内の愚痴をひととおり聞いた帰り、半九郎は中老の屋敷前で武士に襲われた女を助けた。
女は武士に襲われたとき、何かを奪われかけたのだが、それは中老宛の藩主の密書だった。
剣の腕は一流でも、悪妻にはかなわない男二人の哀愁漂う作品。
恩賞で妻を見返そうとする二人の結末が滑稽で、思わず「ふふっ」と笑ってしまった。
北方佐竹藩をにらむ粟野藩で、次席家老以下十三名およびその家族が突如斬罪の処分を受けるという事件が起きた。
小一郎の叔母もその連座で処刑されたが、事件の内容は固く秘匿され、上層部のごく一部のみが知ることだった。
叔母は一体何で死なねばならなかったのか。
小一郎は、事件の真相究明に奔走を始めた。
幕末動乱の波に翻弄された者の哀切を描いた作品。
幸せを掴んでいいはずの叔母を襲った不条理な死が、なんともやりきれない。
源次郎は、散歩のたびに庭で畑仕事としている娘と会うのを楽しみにしていた。
厄介叔父という立場が、婿入り先を探す焦りの気持ちを後押ししていたことは否めないが、純粋にその娘の魅力に惹かれていた。
ところが、この日も娘に会うのを期待してきたものの、家は静まりかえり、戸という戸は材木で釘付けにされていた。
勘定方に勤めるその家の主が、藩金横領で腹を切ったらしいのだが、源次郎には釈然としない気持ちが残るのだった。
源次郎が娘に恋心を抱くほのぼのとした様子から一転、相良という娘の父の実直な姿から、事件に疑問を持ち、真相解明に動くという物語。
物語を締めくくる娘との邂逅は、思いがけない幸運の心弾む嬉しさに満ちて、明るい日の光に包まれている光景を想像させる。
「この可憐でおびえやすい兎のような娘を驚かせてはならなかった」という一文は、今にも兎のように逃げ出しそうな娘の姿と、やっと出会えた娘を驚かせて逃がしてしまわないように、優しく近づこうとする源次郎の姿を想像させて、暖かで幸せな余韻をもたらしてくれた。
『雪明かり』にも収録。